たくろう赤木の学歴は京産大!高校で林遣都と野球部だった過去

たくろう赤木の学歴は京産大!高校で林遣都と野球部だった過去

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2025年のM-1グランプリ王者となり、一夜にして日本中の注目を集めることになったお笑いコンビ「たくろう」の赤木裕さん。

優勝の興奮もさることながら、決勝のネタ中に飛び出した「KSD」という謎のワードや、彼の意外すぎる過去の交友関係がネット上を騒がせています。

「王者になったけれど、結局どんな人なの?」「大学や高校はどこ?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。

この記事では、赤木さんの学歴に隠されたドラマや、有名俳優との知られざる関係について詳しく解説します。

  • 京産大でのKSD騒動の全貌
  • 高校時代の林遣都との関係
  • 意外な豪華同級生たち

この記事を読み終える頃には、挙動不審なキャラクターの裏にある赤木さんの人間味あふれる魅力に触れ、これからの活躍をより一層応援したくなるはずです。

目次

たくろう赤木の学歴は京産大!

M-1グランプリ2025で史上最多のエントリー数の中から頂点に立った「たくろう」。

そのボケ担当である赤木裕さんの出身大学は、京都にある京都産業大学(KSU)の経営学部です。

しかし、今回の優勝劇において、この「出身大学」が単なる経歴以上の大きな意味を持つことになりました。

学部は経営学部!偏差値は?

赤木さんが通っていた京都産業大学経営学部は、京都の「産近甲龍」と呼ばれる有名私立大学の一つで、偏差値は45.0〜50.0程度(パスナビ参照)とされています。

キャンパスは京都市北区にあり、自然豊かな環境で知られています。

本来であれば「KSU(Kyoto Sangyo University)」という略称で親しまれているこの大学。

M-1決勝という大舞台で、赤木さんは大学の名前をネタに使用し見事に優勝をつかみ取りました!

大学公式が反応「KSD」騒動

決勝のファーストステージ、アルファベット3文字を使ったネタの一幕。

赤木さんは母校である京都産業大学を指して、高らかに「KSD」と明言しました。

本来は「KSU」。視聴者が「え?KSD?」と会場の爆笑を生みます。

なんと、放送直後に京都産業大学の公式X(旧Twitter)やホームページが即座に反応したのです。

「本来、本学は『KSU』ですが、今日から本学は『京都で・すごい・大学(KSD)』を自称いたします」

学長である在間敬子氏によるこのユーモア溢れる声明は、瞬く間に拡散されました。

エピソード引用:京都産業大学公式ホームページ

出身大学名を笑いに変え、さらに大学のプロモーションにしてしまうこの「神対応」は、赤木さんの優勝に華を添える形となりました。

赤木さん自身もXで「KSUなのにKSDと言ってしまってすみません!!あったか大学!!!」と感謝を述べており、大学と卒業生の温かい絆が垣間見えた瞬間でした。

下積み時代のバイト生活

大学卒業後、NSC大阪校に入学し芸人の道を歩み始めた赤木さん。

優勝会見では、M-1にかける並々ならぬ決意も語られています。

特に印象的だったのが、「絶対にバイトはしない」という誓いです。

準決勝に進出した年に「これ以上バイトをしていてはダメだ」と一念発起し、退路を断ってアルバイトを辞めたといいます。

それまでは「すぐにクビになるようなバイトしかしていなかった」と自虐的に語る赤木さんですが、自分を追い込み、お笑い一本に絞った覚悟こそが、7年越しの大輪の花を咲かせる原動力になったのかもしれません。

エピソード引用:オリコン公式YouTube【M-1決勝会見】

高校で林遣都と野球部だった過去

「KSD」騒動で注目を集める赤木さんですが、実は高校時代にも驚くべきエピソードを持っています。

出身高校は滋賀県草津市にある光泉カトリック高等学校(当時は光泉高等学校)。

スポーツの強豪校として知られるこの学校で、赤木さんは野球部に所属していました。

出身は光泉カトリック高校

滋賀県出身の赤木さんは、地元の大津市から光泉高校へ通っていました。この高校は進学実績もさることながら、部活動が非常に盛んです。

特に野球部やバスケットボール部、ラグビー部は県内でも屈指の実力を誇ります。

そんな体育会系の環境の中で、今の「挙動不審キャラ」からは想像もつかないような青春時代を過ごしていたのです。

林遣都は野球部のチームメイト

ここで特筆すべきは、人気俳優の林遣都さんが高校の同級生であり、同じ野球部のチームメイトだったという事実です。

林遣都さんといえば、映画『バッテリー』で主演を務め、その高い演技力と端正なルックスで知られる国民的俳優です。

まさかM-1王者と人気俳優が、同じグラウンドで白球を追いかけていたとは驚きです。

ラジオ番組での発言によると、当時の林遣都さんはエース候補のピッチャー。

一方の赤木さんは、どちらかと言えば補欠に近い立ち位置だったようです。同じ野球部員として汗を流していた二人ですが、その関係性は少し切ないものでした。

※エピソード参照元:【ラジトピ】林遣都とM-1ファイナリストが高校の同級生だった!「野球部で一緒だったけど……」|ラジオ関西トピックス

会話は一言?切ない関係性

「同級生に林遣都がいる」といえば、自慢話の一つになりそうなものです。

しかし、赤木さんはラジオ番組で「喋った記憶がない」と語っています。

当時から林遣都さんは、映画のオーディションを受けるなど芸能活動を始めており、学校内でも別格の存在感を放っていたそうです。

休み時間には他クラスの女子生徒が見に来るほどのスター。

対して赤木さんは、本人曰く「クラスの隅っこにいるようなタイプ」。

「僕のこと、認識してくれてるかなあ……」

そう弱気に語る赤木さんですが、林遣都さんが映画『バッテリー』の撮影に入る際、野球部のみんなで送り出したというエピソードも残っています。

直接的な会話は少なかったとしても、同じ釜の飯を食った仲間であることに変わりはありません。

同級生はプロ選手?輝かしい球歴

光泉カトリック高校の同期・先輩後輩には、林遣都さん以外にもスポーツ界で活躍する著名人が名を連ねています。

赤木さんの周りには、なぜか「才能」が集まっていたようです。

バスケ北川弘選手も同級生

プロバスケットボール選手としてBリーグで活躍する北川弘選手も、赤木さんと同級生です。

北川選手も光泉高校出身で、日本代表候補に選ばれるほどの実力者。

赤木さんの世代(1991年生まれ)の光泉高校は、まさに「黄金世代」と呼べるほど、多方面で活躍する人材を輩出しています。

お笑い、俳優、スポーツと、ジャンルは違えど第一線で活躍する同級生の存在は、下積み時代の赤木さんにとって大きな刺激になっていたことでしょう。

小牧加矢太騎手とも先輩後輩

さらに、JRAの障害レースで活躍する小牧加矢太騎手も同校の出身です。

小牧騎手は赤木さんの先輩にあたります。

馬術競技や競馬の世界でストイックに結果を残す先輩の姿。

そして、俳優として華々しく活躍する同級生。そんな環境の中で、赤木さんは「お笑い」という自分の武器を見つけ、磨き続けてきました。

マネージャー転向の裏話

赤木さんの高校野球生活には、もう一つ語るべき重要なエピソードがあります。

それは選手からマネージャーへの「無念の」転向です。

強豪校の野球部に入部した赤木さんですが、高校1年生の冬に腰を骨折してしまいます。

辛いリハビリを乗り越え、ようやく復帰しようとした矢先、監督から衝撃の一言を告げられました。

「もう選手はいいから、マネージャーをやってくれ」

実はこれ、怪我だけが理由ではありませんでした。監督の目には、赤木さんが「野球のセンスも体力もない」と映っていたのです。

しかし、当時の赤木さんは「自分は上手い」と信じ込んでいたため、この通告に大きなショックを受けたといいます。

結局、自分の実力不足に気づいていなかったのは赤木さん本人だけ……という、なんとも彼らしい切ないオチがついたエピソードですが、この「勘違い力」や「めげない心」こそが、現在のお笑い芸人としての強心臓に繋がっているのかもしれません。

※エピソード参照元:よしもと漫才劇場 公式ブログ

まとめ

2025年M-1グランプリ王者・たくろう赤木さんの学歴と、それにまつわるエピソードを紹介しました。

  • 出身大学は京都産業大学(KSU)。決勝での「KSD」言い間違いを大学側が「京都で・すごい・大学」と認める神対応を見せ、新たな伝説が生まれました。
  • 出身高校は滋賀県の光泉カトリック高校。俳優の林遣都さんとは野球部の同級生でしたが、会話があまりないというリアルで切ない関係性が明らかになりました。
  • 北川弘選手(バスケ)など同級生はスター揃い。その中で赤木さんはマネージャーとしてチームを支えるなど、ひたむきな努力を続けてきました。

一見すると挙動不審で不思議なキャラクターの赤木さんですが、その背景にはスポーツ強豪校での挫折や、大学との温かい絆、そして長い下積み生活での覚悟がありました。 「KSD」と愛称で呼ばれるようになった母校・京産大のように、赤木さんもまた、その人柄で多くのファンから愛される「KSD(京都・滋賀が生んだ・大スター)」になっていくことでしょう。

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